さよなら渓谷/吉田修一

c0008209_1829515.jpg読んでいる間も、読後感もいいとは言えない。
生理的にも不快だし、重くてしんどい。
しかし、読み進まずにはいられない力がある。

そういう意味でちらりと直木賞受賞作
桜庭一樹「私の男」の読書体験を思い出したが、
読み終えてみれば、ただ悪趣味なほど生々しい不快感だけが執拗に残った「私の男」とは違い、こちらは人間の業を描きつつも最後に救いとかすかな希望が感じられ、事件モノとしての展開にも現実味がありさすがに見事である。


2006年に秋田で起きたあの事件、自分の娘を渓谷にかかる橋から突き落とし、
TVカメラに向かってふてぶてしい態度で挑んだ彼女を彷彿とさせながらストーリーは始まる。
最近ではニュースで同様の事件を見てもさほど驚かなくなった、親による子殺しの話かと思わせ、実は子殺し犯の隣の家に住む男女が主人公。

工場で契約社員として働き、休日には少年野球チームのコーチをする男と、
気だるく化粧っ気がないのに妙に色っぽいその妻。
「この夫婦には何かある」そう思った雑誌記者の勘から、
二人の驚くべき過去と現在が明らかになっていく。

ほんの短い数行だが、下記のやりとりにこの小説の悲劇の本質が凝縮されていると思った。

雑誌記者が男女2人の子持ちの同僚に質問する。
「もし息子がレイプ事件の加害者になったらどうする?」
同僚は「がっかりする」と答える。
「せっかく育てたのに、そんなことで人生を棒にふるなんて」と。
記者は重ねて聞く。「じゃあ娘が被害者になったら?」
同僚はさっきとは一転、形相を変えて答える。
「相手の男を殺してやる」

'08 8 ★★★★☆
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by gloria-x | 2008-09-11 19:11 | ブックレビュー