メモリー・キーパーの娘/キム・エドワーズ

c0008209_10513479.jpg原題:The Memory Keeper's Daughter

1964年の大雪の夜、医師デヴィッドは妻ノラの分娩を手がけ男女の双子を授かる。
男児は健康な赤ん坊だったが、女児はダウン症だった。デヴィッドは最愛の妻を守りたい一心で「女の子は死産だった」と告げ、看護師キャロラインに女児を施設に連れていくように依頼する。
しかし、施設の非人間的な現状を目にしたキャロラインは女児を連れ帰り、シングルマザーとして育てる決心をする。


裕福で幸せな医師夫妻、彼らの一人息子として育ったポール、
孤独な看護師キャロライン、彼女に育てられたダウン症児のフィービ、
雪の夜のデヴィッドの決断が5人の人生に影響を与え、
25年の歳月と共に意外な形に展開していく。

物語としてはとてもおもしろく、一気に読破させる力がある。
ただ、ノラが死産だと聞かされた女児の存在(不在)について
あまりにも固執しすぎに感じて不可解。
わたし自身、妊娠出産経験がなく、子供を欲しいと思ったこともないから
共感できないのかもしれないけど、

夫から「実は子供は双子で女の子は死産だった」と聞かされただけで、
自分のお腹にいたのが双子だったことも知らず、産んだ実感もなく、
(妊娠中の診断で双子だとわからなかったのが疑問だが、1964年当時はそうだったのか?)
顔も見ていない、いわば実体がないと同じような赤ん坊について
ここまで強烈な感情が沸くものだろうか?

また、デヴィッド自身がその後の人生で繰り返し後悔する決断についても、
わたしがもしノラの立場だったら、感謝こそすれ夫を責めようとは思わない。
しかもデヴィッドは秘密を自分一人で背負い、墓場まで持っていく決心をしており、
ノラはそれをまったく知らないのだから、
単に双子の一方が死産だったことで勝手に精神的に荒れたり鬱になって
夫から気持ちが離れてしまうのは身勝手に感じてしまう。
デヴィッドやポールが可哀想・・・

というわけで、わたしは女性なのにほとんどデヴィッドのみに感情移入して読んだが、
他の女性読者ならどうなのか(特に子供を持つ人なら)興味深いところだ。

息子ポールと実の両親の関係、血が繋がっていないキャロラインとフィービの関係を見ても、
人間の相性の良し悪しは血や遺伝子ではないのだなぁと再確認する。

'08 7 ★★★★☆
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by gloria-x | 2008-07-20 11:38 | ブックレビュー