無銭優雅/山田詠美

大人になりそこねた40代男女、
塾講師の栄(♂)と、友人と花屋を経営する慈雨(♀)が
真摯にいそしむ大人の恋(?)

大人の恋って?
森瑤子、小池真理子、渡辺淳一(ほとんど読まないが)諸氏の作品を読むと
いつも登場人物の大人っぷりに驚嘆する。
経済、職業を含めたライフスタイルはもちろん恋愛の仕方も・・・
かっこよすぎて読んでいる方が気恥ずかしくなるほど。
そして我が身と比べてあまりの落差に
「はあ~」とため息つきたい気分になる。
しかし、敬愛する(しかも断然クールな)山田詠美氏の
この作品を読んでわたしは大いに安心した。
「40代になってこんなでも別にいいんだ♪」

まず主人公・慈雨の、友人についての考え方がわたしにそっくりである。

友達元気で留守が良い、という認識。
困難に見舞われたらいつでも必要としてくれ、と意思表示しながらも、
どうでも良い時にいちいち呼び出すな、と釘を刺す。
しかし、こちらもどうでも良い時には喜んでつき合おう、
という麗しき自分本位の上に成り立つ友情めいた関係。


熱く濃密な人間関係が苦手なわたしは、
何年か前にTVで美輪明宏氏が語っていた
「人間関係は腹六分目くらいがちょうどいいの。
お互いにいい状態の時にだけ会って
楽しいひとときを過ごせばそれでいいのよ。」
を聞いて
自分の胸中を代弁してもらったようで驚いた。

世に流出する小説も映画もドラマも大半は熱く濃い人間関係を描いている。
(そうしないとお話にならないからね)
一般的にも「友情に厚い人=善き人」とされていて、
公共電波で美輪さんのような発言をする人はいなかった。
わたしの育った家では物心ついた頃から
「淡白な人間関係をよしとする父親」=「薄情な人間」=「善くない人」
という母親の洗脳及び呪縛が強烈だった。
なので、父と同じタイプだと自覚していたわたしは
ずいぶんうしろめたかったのである。
しかし、わたしは美輪さんの発言を聞いて目からウロコが落ち、
許されたように心が軽くなった。
人それぞれだし、ライトな人間関係が性に合うのは
別に悪いことじゃないんだよねー。

栄と慈雨の描写も共感しまくり。

好いた男のさえない様子って、色気の要素のひとつなんだ。苛めてやりたくなる。

それは、たぶん、彼がおだて上手だからだと思う。そのおだて方は、
よその男たちが若い女の体を誉めるような当たり前のものではないのだ。
私が私であるという証拠を見つけて、そこを誉めてくれるのだ。

たった数メートル先にいると知っていながら、会いたい、と思った。
栄に、会いたくて会いたくて、触れてやりたくて触れてやりたくて、たまらない。

私は足を彼の体に絡ませる。私たち、脱水後の洗濯機の中で
湿って絡まったままのセーターの袖みたい。

(ちなみに、わたしとダーリンはジグソーパズルの隣同士のピースです)

二人は「好き」という言葉や表現を惜しみなく使う。
お互い、相手から口に出して言って欲しいタイプで、
その分、自分もどんどん口に出す。
2人の会話やじゃれあいは、
他人にすればバカバカしくてやってられない種類の会話だが、
当事者にとってはとても大事。

慈雨と、高校生の姪が「大人の恋」について話す件がおもしろい。
「バーのカウンターで2人でカクテルとか飲んで、音楽はジャズ。
女は絶対ピンヒールのパンプスとかミュールで、男はやっぱスーツ。
その格好で静かに見詰め合っちゃったりしてさ」
「でも、どこに行ったらそういう大人の恋、見れんのかなー」
「青山とか西麻布とかにはいるんじゃないの?」
いるのか?いないだろ?いや、いるかもわからない。と慈雨は思う。
都会の夜を彩る私たち、を演じて、
うっとりしている人々が棲息しているのかもしれない。と。

↑に挙げた作家たちの作品を読んだ時に
わたしが感じる「なんだかなぁー」に通じる感覚である。

'07 7 ★★★★★
[PR]

by Gloria-x | 2007-08-02 14:05 | ブックレビュー