赤い長靴/ 江國香織

ものすごく恐ろしい物語である。
メルヘンチックなタイトルの意味するところがわかったとき、
恐ろしさは一気に増幅する。


もちろん作者は江國香織だから、ホラーやサスペンス小説ではない。
結婚10年で子供のいない、どこにでもいそうな夫婦の
平凡な日常を綴った連作短編集だ。

日和子は自分の言葉がどうして夫の逍三に通じないのか不思議でならない。
彼女が何か話しかけると、夫は「ああ、うん」と生返事をする。
イエスかノー以外の答えを求める質問であっても同じ。
話題が自分に直接関係のない内容、
日和子の友人についてや、職場でその日あったことの場合、
夫は、まったく返事をしないか、
「へえ」「ふうん」と気のない相づちを打つだけである。
だから日和子は自分自身で話題を締めくくり、くすくす笑って
「逍ちゃんっておかしいのね」と楽しげな声を出す。

日和子が久しぶりに独身時代の友人と会う日、
何週間も前からその予定を伝えていても
逍三は当日の朝からこの上なく不機嫌になる。
全身から不機嫌さを発散させ、すべての行動でそれを表現する。
そして、日和子は友人たちと会うことを億劫に感じ始める。
家にいて夫に機嫌よくしてもらう方が簡単だからだ。

テニススクールでのレッスン中や、外で友人と会っている時間、
日和子は早く家に帰りたいとそればかりを思いつめている。
一刻も早く家に帰って逍三に会いたいと。
そして、忽然と理解する。
「逍ちゃんのいるときより、いない時のほうが、
わたしは逍ちゃんを好きみたいだ」と。

夫が帰ってくると、家の中はとたんに賑やかになる、と日和子は思う。
大音量でつけっぱなしにされるテレビ、パソコンから流れる電子音、
脱ぎ捨てられた服、乱暴に放り出されるカバン、
返事をしない夫に話しかけ続ける自分の声、
それは幸福なことだと日和子は思い、楽しげにくすくす笑う。
そして日和子は思う、笑うことと泣くことは似ていると。

スウィート・リトル・ライズ
DV夫とその妻の共依存関係を描いた恐ろしい物語だった。
この小説では夫が暴力をふるうわけではないし、事件らしい事件も起きない。
だからこそ、この夫婦の問題の深刻さに鳥肌が立つ思いになる。
2人の間の些細な齟齬や違和感が一話ごとに大きくなり、
夫の逍三がモンスターのように不気味な存在に思え、
日和子が「くすくす笑う」度に、彼女がいつ精神の均衡を乱すのか、
いつ取り返しのつかない事態になるのかとハラハラし続ける。

こういうタイプの夫を持つ人は少なくないと思うが、
どこかの時点で立ち止まって徹底的に問題解決するか、
あるいは子供なんかできちゃって引き返せなくなる前に
夫婦であることを降りるほうが精神衛生上健全な人生ではなかろうか?

'07 4 ★★★★☆
[PR]

by Gloria-x | 2007-04-25 17:57 | ブックレビュー