ハルカ・エイティ/姫野カオルコ

直木賞受賞を逃したのがほんとに残念な力作。

80歳を超えてもナンパされ、
粋に恋愛を楽しんでいたという著者の伯母をモデルに、
戦前、戦後から現代までの日本を
ハルカという女性の目を通して描いた「女一代記」。
というと、NHKの朝ドラみたいな優等生的物語を想像しそうだが、
まったくそんなことはない。

見合いで結婚したハルカの夫・大介は
当時の日本人としては大変珍しい感覚の持ち主である。
別の男との失恋で泣いている妻を
「世の中には貞淑でいるしか仕方がないから貞淑な女の方が多いが、
貞淑でいられないほどきれいな女にしか男は言い寄らない。
ハルカは美人だ。こんな美人、男はほっておかない」と慰め、
妻がナンパされたり、男ともだちとデートして帰ってくると
帰宅した妻から「女」のフェロモンを感じて夫婦のスパイスとして喜ぶのだ。

ハルカの舅姑の人柄もまた素晴らしい。
舅・佐エ門は妻ミヤのことを第三者の前で「大東亜一の妻や」ときっぱりと言う。
彼女の実の父は妻のことを愚妻だとしか言わない。
それは謙遜というより照れ隠しの表れで、
日本男児の慣習であることもわかっているが、
神や仏の前で夫婦の契りを誓った人間を愚者だというのは
少しも男らしくないとハルカは考えている。

このあたりの感覚が共感を呼ぶ。

第二次世界大戦当時の庶民の暮らしや空襲について、
わたし自身の両親から当時まだ幼い子供として経験した
ことを何度か聞かされたときのように身近な描写で書かれていて
それがいっそうリアルに戦争の怖さや愚かさを実感させる。

『どうせ死ぬ。みんな死ぬ。みんないっしょに。この時代、
多くのふつうの人が日常的にそう思っていた』

『世界にたったひとつしかない命も、一幕のコントのようにぽんと
オワリになるもの、それが太平洋戦争にかぎらず戦争という状態であり、
そんな状態を聖戦だと集団催眠にかかることが
またすべての戦争という状態なのである』

ハルカの妹・時子が著者の実母のモデルだが、
時子は異常なほどの潔癖症で、
『物事はすべて悪いことを予想しておいたほうが仇にならずにすむ』
という極度のネガティブ志向。
著者が今までエッセイなどの中で繰り返し書いていた
実家や両親の話、世間基準から見ればかなり奇妙で、
暗く冷たく不幸な子供時代のことが納得できた。

『子といえ、親といえ、DNA仲間である前に、
人間のひとりひとりは個人なのである。
人間と人間のかかわりあいは、個性と個性のかかわりあいである。』


実にそのとおりだと思う。そのことが理解できず、
というより、そんな真理の存在にすら気づかず、
「血のつながり」や「家族」という名の下に
すべて許されるはず、わかりあえるはず、
と妄信する人間が悲惨な事件を起こすような気がする。

'06 6 ★★★★★
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by Gloria-x | 2006-06-30 17:35 | ブックレビュー