大叔母を偲んで

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11月6日、大叔母(母の叔父の妻)が亡くなりました。
89歳でした。

近しい人々からは畏敬とほんの少しの揶揄をこめて
「マッカーサー」と呼ばれていた女性。

長年、親戚や近所の様々な事に采配をふるい
誰も彼女には逆らえなかったそう。
ニコリともせず、ズバッと核心を突く発言をするのです。

と言っても、女王様キャラで君臨するタイプではなく
人一倍働き者で面倒見がよく優しい人でした。

小柄で色黒で彫りが深く、インド人やジプシーにも見えた大叔母。
わたしのイメージはシチリアのゴッドマザー。
(もしくは「ポーの一族」の老ハンナ!)
黒いショールを被って座っていて、
誰かが相談にきたり、何か起きると鶴の一声で事を納める。
そして、誰も彼女には逆らえない。

大叔母には幼い頃からほんとうに可愛がってもらいました。

毎年、夏休みやお正月には訪れた懐かしい家。
母親と相性が悪く、自分の家では心から寛げなかったわたしにとって
大叔母の家はまさに天国でした!

思う存分本を読みふけったり、絵を描いたり
一人きりで近所の神社の森や池を探検したり・・・
好きなように過ごしても誰にも小言を言われないなんて!

昼寝の時には大叔母が横に添い寝して
「晩ごはん何が食べたい?何が好き?」

家でそんな風に甘やかされたり、
甘く優しい口調で話しかけられたことのないわたしは
天真爛漫に「ハンバーグ!」などと言えるはずもなく
慣れない待遇に逆に緊張して困ったほどでした(笑)

夜になると、会社勤めや大学生のお姉ちゃんやお兄ちゃんが
お土産を買ってきてくれたり、一緒に遊んでくれたり・・・
今になって考えると、夏休み中ずっと親戚の子供がいるなんて
うっとうしいこと極まりない!わたしだったら耐えられないのに。

「この家の子供だったらなぁ」と何度夢想したことか。
あの家はわたしにとって一種の避難所でもあったようです。

先月、妹がアメリカから一時帰国した際、
大叔母に会いに行ったのですが
なぜ一緒に行かなかったのか心から悔やまれます。

大叔母なら100歳くらいまで生きていそうな気がして
いつでも会えるわ、なんて思ってしまったのです。

棺の中の大叔母は記憶よりも色が白く
シワも少なくてほんとうに綺麗な顔立ちでした。

天国でもきっと采配をふるいながら
後から来るわたしたちを待っていてくれるのでしょう。
心から冥福を祈ります。



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by Gloria-x | 2011-11-10 14:15 | 出来事・世間・雑感