おそめ 伝説の銀座マダムの数奇にして華麗な人生/石井妙子

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京都と銀座に店を構え、飛行機で往復して
「空飛ぶマダム」と呼ばれた女性の半生を描いたノンフィクション。

読み物としては相当おもしろいが、
肝心のヒロインおそめこと上羽秀という女性に
どうも魅力を感じないのが残念だった。
というのも、秀は生まれながらにしてあらゆる人(特に男性)に可愛がられ、
大事に大事にお姫様扱いされ、特別扱いされ、
芸者時代もバーのマダムになっても
「苦労」というものを一切したことがない女性だから。
それは秀の次のセリフに如実に現れている。

~いちばん好きな時いうたら、お店に出てる時。
  なんや遊ばせてもろてるよう~


バー「おそめ」には川端康成、小津安二郎、白洲次郎、東郷青児など
各界の名士が連日集い「夜の文壇」「夜の財界」「夜の政界」ともてはやされたという。
とにかく、秀と出会った男という男が全員、
彼女の熱烈な崇拝者になってしまうのだ。
そりゃ仕事をしている感覚などなく楽しくて仕方ないはず。
フィクションだったらありえなさすぎて白けるだろう。

芸者をやめて小さなバーを始めれば夜な夜な著名人がつめかけ、
客のほうが「おそめ、おそめ」と秀をちやほやする。
東京にも店を出そうかとつぶやけば、そんな常連客たちが
「すべて僕たちにまかせておけ」と
物件探し、店の内装、酒の仕入れ、開店の挨拶状作成、宣伝まで
すべてやってくれる。もちろんタダで!
しかも内装は著名な舞台美術家、挨拶状の文面は大物作家ときた。

これじゃぁ同性には好かれないはず、と思ったとおりで
芸者時代も銀座マダム時代も周囲の女性たちを常に敵に回してしまう。
しかも本人にはまったく邪気や悪気がないからよけいタチが悪い。

金というものの存在や物に値段があることすら知らぬように育てられた秀の
金銭感覚の欠如ぶりもすごい!
買い物をしても釣銭を受け取ったことがなく、千円の物に1万円を出す。
タクシーに乗れば料金と別に多額のチップを渡し、
新幹線に乗れば検札に車掌が回ってくるたびに1万円札を渡す。
食事に行けば店のスタッフ全員にチップをばらまく。

また、生涯連れ添った俊藤浩滋とのエピソードを読めば
真性「だめんずうぉーかー」なのねーと呆れるし、
とにかく数々の逸話や証言を読めば読むほど
秀に惹きつけられるより心が引いていってしまうのだ。


ヒロイン秀よりも、わたしは二歳下の妹・掬子(きくこ)に
人間的魅力やシンパシーを感じる。

京都・木屋町の裕福な炭問屋に生まれた姉妹だが、
当主である祖父は姉の秀だけを異常なほど溺愛し、
妹の掬子のことは「小賢しゅうて憎らしい」とまで差別する。
祖父だけでなく、実の母親も死ぬまで秀だけに愛情を注ぎ続ける。
その結果、使用人たちも姉妹の扱いに差をつける。
小柄ではんなりと儚げな秀を周囲が思わず甘やかすのと対照的に、
掬子は大柄でしっかりとし、幼い頃からなんでも一人でできた。
というより、愛されないなら、せめてしっかりして認めてもらいたい
いういじらしさが伝わってくる。

~うちは、シャキシャキした気の強い女に見えまっしゃろ。
 せやけど、ほんまに気の強いんは姉どっせ。
 なんも口に出さんと、表情ひとつ変えんと、意思通さはる~


幼い頃から比較され、差別され続け、筆舌につくしがたい苦労をし、
さらに奔放な姉を支え振り回されてきた掬子だが、
姉のことを生まれながらに人に好かれ、
人をひきつける品格や能力を持っているひとだと語る。
もちろん、秀に天性の魅力はあったのだろうけど、
生まれたときからちやほやされ、特別扱いされて育つのと
「可愛げがない」と徹底的に差別されて育つのと、
育ってきたプロセスが本人に与える影響の方が大きいのでは?


後年の掬子が、大柄で華やかな洋風の顔立ちの老婦人になり、
80歳を超えても巧みに車の運転をし、
自分の力で瀟洒なマンションを一棟建てて何不自由なく暮らしている描写に
心の平安を感じるたのはわたしだけだろうか?

'09 8 ★★★★☆
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by gloria-x | 2009-08-13 19:06 | ブックレビュー