笑いの本場に生まれて

生まれも育ちも大阪市内で、大阪以外の土地に暮らしたことはない。
大阪といえば誰もが認める笑いの本場。
でも、30歳前後まで自分が生粋の大阪人であることや、
笑いの洗礼を受けていることを意識したこともなかった。

(意識しないことが既にどっぷりなのだとも言えるが)

両親共に洋画・洋楽ファンで、
ジャズ好きの父は吉本系のお笑いを「くだらない」と一刀両断。
しかし、アンチ東京のくせになぜか「笑点」だけは観ていた。
これって笑いのセンス的にどうなんでしょうかねー?

クラシック好きで元文学少女の母は吉本もドリフも
「下品」と眉をひそめるタイプ。
だから、大阪人がお約束のように語る
「土曜の午後はTVで吉本新喜劇観ながらお昼ごはん」
という幼少時の思い出はない。

ところが、ライターになって東京の出版社の仕事をし、
毎月東京に出張するようになってから、
突然自分の中の大阪人DNAを強く感じるようになった。


東京人(地方出身かもしれないが)の
編集者やカメラマンと話していると、
「あれ?話にオチがないけど、もう終わり?」

とほぼ毎回思ったのだ。
また、誰かが始めた話を他者がふくらませることもなく
「へえーそうなんだー」
で終わってしまうのも不完全燃焼。

仕事上の人間関係だからなのかと思ったけど、
電車や飲食店で耳に入ってくる
東京人同士の会話もほとんど同じ。
笑いのハードルがすっごく低くて毒がなさすぎで、
薄ーいぬるーい味噌汁を飲んでる気分。
東京の人ってこんな会話でストレスたまらないのかなぁ?
と不思議に思っていた。(東京の方、ごめんなさい!)

そして、生まれて初めて
「わたしってベタベタの大阪人やってんなぁ」と自覚し、
ふだん自分が会話している家族や友人・知人の
話術や笑いのレベルの高さを再確認したのだ。

あ、でも東京の人って別に「おもしろい」ことの
優先順位が高くないんでしょうね。
それより「おしゃれである」とか「かっこいい」ことの方が高いから
会話におもしろさを追求しないのでしょう、たぶん。

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そんな大阪人のわたしが、あらためて
「ああ、大阪に住んでいるんだなぁ」と実感する出来事があった。

会社の休憩室でのこと。
わたしが窓際の席で外を眺めつつ座っていると、
斜め後ろのテーブルに他部署の女性3人がやってきた。
一人は40代既婚者、あとの2人は30代独身という感じ。
(40代をA、30代をB,Cとする)

「Aさん、連休どっか行ってたんですか?」
「うん、墓参りに行っててん」
「へえーえらいっすねぇ!」
Aが喋ってB,Cは合いの手を入れながら聞くという会話がスタート。
すると、途中で突然BがCに向かって言った。

「〇〇(苗字呼び捨て)、
あんたほんまに中川家剛やなー!」


(話はそれるけど、女性のくせに「~っすねー」的な喋り方や
苗字呼び捨てで呼び合うのってわたしは苦手。)

思わず聴覚神経を3人に集中させるわたし。

「それどういうこと?」とC、
「あんたの合いの手は剛とおなじやねん。
変なタイミングでボソッと同じこと二回言うやろ、
それ、Aさんの話の流れ止めてるし、おもろないで」
とB。

ひゃー手厳しい!
しかし、Cは気を悪くした風でもなく
「ああ、そうか」と納得した様子。
その間、Aは2人を仲裁するでもなくフツーに黙っている。

「そのクセ、直るまで注意するからな」とB、
「よっしゃ、わかった」とC。
そして、何事もなかったように墓参りの話の続きをするA。

一瞬、わたしはNSC(吉本の養成所)の休憩室にいるのかと思った。
それともあの3人、今年M-1出場にチャレンジでもするのか?
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by gloria-x | 2009-01-22 18:18 | 出来事・世間・雑感