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春にして君を離れAbsent in the Spring/アガサ・クリスティ

春にして君を離れAbsent in the Spring/アガサ・クリスティ_c0008209_22112274.jpg真っ赤なぺディキュアと草履風のサンダルにクラシックな革の旅行鞄。表紙写真がドラマチックで作品のムードにマッチしてとても印象的だ。
本のために企画して撮影したのか、有りモノを使ったのか?一時期絶版だったがデザインを一新して再版されたらしい。
表紙だけで本の印象まで変わった感じで、ブックデザインの力ってすごいなぁと、かつてグラフィックデザインを学んでいた身としてしみじみ見惚れた。


アガサ・クリスティが書いたミステリーではない小説。
あらすじを書いてしまえば、どこがおもしろいのか?と首をかしげるような話である。

弁護士の優しい夫と3人の子供に恵まれ、
理想的な家庭を築き上げた満足感に浸る英国婦人ジョーン。
バグダッドに住む末娘夫婦を訪ねた彼女は
鉄道の遅れで砂漠の中のレストハウスで足止めを食ってしまう。
殺人事件どころか、なーんにも起こらない。
一人の中年女性が砂漠の宿で退屈を持て余すあまり、
女学生時代のことに始まって、夫や子供たちとの間の出来事を思い返し、
やがて自分自身のことを見つめなおしていくだけの話。

追想から疑問、混乱、動揺、と激しく波立つ主人公の
心の動きがとてつもなくスリリングである。
ほとんどの物事は、言葉にして語らずとも
見える人には真実が明白であるとわたしは常々思っているのだが、
(当事者及び、当事者と精神的距離が近すぎる人は除く)
主人公ジョーンのように、独自のフィルターを通してしか
物事が見えない人というのは少なくない。
そういう人はある意味しあわせなのかもしれない。
ただし、真実に気づきさえしなければ。

この小説に描かれている「感覚」が理解できない、
いったい何が言いたいのかさっぱりわからないという人もいるだろう。
そういう人も主人公と同様、しあわせかもしれない。

なんだか抽象的な感想もどきになったが、
この小説が描く「感覚」に共鳴できる人には
読み応え満点の心理サスペンスである。

’07 9 ★★★★★(再読)

by Gloria-x | 2007-10-03 22:15 | ブックレビュー