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越境/パット・バーカー

英国ブッカー賞作家初の邦訳作品。

10歳の時、近所に住む老女を殺害したダニーは
裁判で責任能力があるとみなされ、刑務所で服役。
13年後、新しい名前と身分をもらって釈放される。
そして、事件直後ダニーの精神鑑定をした児童心理学者トムは
画家である妻ローレンとの離婚問題に悩んでいた。
ある朝、夫婦で散歩していたトムの目の前で若い男が
川に飛び込んで自殺をはかる。
トムが助けたその男はダニーだった。

重いテーマを扱った長編文学で、
エンターテイメント性がないにも関わらず
人物や情景描写が巧みで視覚的なためか、引き込まれてかなり一気に読破。

23歳に成長したダニーの、何をするかわからない危険をはらんだ言動と、
それとは対照的に時折見せる鋭い洞察力と知的な語彙。
人を心理的に操る天性の才能など、
ダニーのキャラクターは魅力的でリアリティがある。
一方、トムは30代半ばという設定で、そのつもりで読んでいるのに
なぜかどうしても50代半ばの男を想定してしまう。
これは原作者の意図なのか、翻訳のせいなのか、単にわたしだけの問題か?

ダニーの父親は軍隊を除隊後、人生の落伍者となり、
酒に溺れて家族に暴力をふるうようになる。
しかしダニーはトムに「きみは虐待されたんだね?」と
質問されると正直に「わからない」と答える。

「俺はほっておかれたことも、性的に虐待されたことも、飢えたことも、
拷問されたことも、朝昼晩独りだったことも、火傷させられたことも、
火を押しつけられたこともない」
「たぶん親父は息子を男らしく育てるために正しいことをしていると
本気で思っていたんだろう」
以前、児童虐待の専門書で読んだが
ダニーのような意識は虐待を受けて育った子供には珍しくないようだ。

ダニーは自分が起こした事件を虐待のせいにするつもりはないと明言する。
多くのミステリーが残虐な犯罪の要因として
犯人の虐待体験をやや安易に使う傾向にある中で、これは印象的だった。

英国で2人の少年が2歳の男の子を殺した有名な事件についての
ノンフィクションを読んだ時にも思ったが、
日本の司法制度は未成年の犯罪に対して甘すぎると思うので
英国のように殺人犯は未成年でも実名と顔写真を公開すべきだと思う。

'06 7 ★★★★☆

by Gloria-x | 2006-07-25 17:32 | ブックレビュー